田辺聖子さんが愛した味
芥川賞をはじめ数々の文学賞を受賞した作家の田辺聖子さんは大阪に生まれ、結婚後は神戸や伊丹で暮らしました。2019(令和元)年に亡くなるまで関西をこよなく愛し、宝塚歌劇の大ファンだったという“おせいさん”がひいきにした、宝塚銘菓と伊丹のすし店を紹介します。
縁起の良い吉祥文様がモチーフの一口もなか(永楽庵)
阪急「宝塚」駅から続くショッピングモールの1階。「寳もなか」の看板が目を引く「永楽庵」の店頭では、粒餡をもなかの皮に一つ一つ詰める様子を見ることができます。「明治42年の創業以来もなか一筋です」と笑うのは4代目店主の松尾道子さんです。
小判や打ち出の小づちなど吉祥文様の形をした口溶けのいい皮と、北海道十勝産の大納言小豆を丁寧に炊き上げた粒餡の組み合わせは、どこか懐かしいほっとする味わい。田辺さんをはじめタカラジェンヌや地元の人たちに100年以上の長きにわたり愛されてきました。
「田辺先生は独身の頃から宝塚歌劇の大ファンで、観劇の折、お店にもよく寄ってくださいました」と松尾さん。購入するのは、決まって皮と餡が別々になった「寳あわせ」。著書「薔薇の雨」に収められている「良妻の害について」にも、「その最中は、ごく小さい、一口最中で、皮に『福』や『寿』の字、打出の小槌、米俵、などが浮き出ており、同じ意匠のものを合わせて、自分で中に餡を詰めるようになっています」と、「寳あわせ」を思わせるくだりが出てきます。
20年ほど前、歌劇団の生徒さんから「もなかを個包装してほしい」とリクエストがあり、新商品の命名を田辺さんにお願いしたところ、程なく「姫たから」「たからひめ」と書かれた毛筆の文字がファクスから流れてきました。「みんなひらがなのほうがやさしい感じですね」と書き添えられていたこともあり、商品名は「ひめたから」に決定。「包装紙には先生の書かれた文字をそのまま使わせていただいています」
伊丹市内の自宅に配達したこともあるという松尾さんは、田辺さんのことを「愛情深い方」と話します。「このもなかはどこに差し上げても喜んでもらえるの。いつまでも続けてね」と、いつも声をかけてくれたといいます。「先生のお言葉に応えるためにも、頑張って商売を続けたい」と松尾さん。愛らしい見た目の一口もなかは、これからも宝塚の名物として多くの人を笑顔にしてくれることでしょう。
宝塚市栄町2-1 ソリオ1GF
TEL:0797-86-3863
営業時間:9:30~19:00
定休日:月曜
アクセス:阪急「宝塚」駅から徒歩すぐ
HP:https://eirakuan.jp
マップ:https://maps.app.goo.gl/g4K9eWVeu6q6koXD8
日本酒のあてとシャリが小さい握りずし(すし善)
JRと阪急、両方の「伊丹」駅に近い繁華街にありながら、落ち着いたたたずまいを見せる「すし善」は1926(昭和元)年の創業。「伊丹の老舗すし店といえば、すし善」と言われるほど、地元の人たちに愛されています。
この店に田辺聖子さんが訪れるようになったのは、神戸から伊丹に引っ越した1976年から程なくのことでした。「先代の頃からごひいきにしていただいて。いつもご主人と秘書の方と3人で来られていました。当時の番頭的な職人さんの名前が先生の自叙伝に出たんですよ」と振り返るのは3代目店主の午房憲一さん。多い時は毎週のように、少ない時でも月に一度は来ていたといいます。
日本酒が好きで、中でも伊丹の銘酒「老松」の熱燗(かん)が好みだった田辺さん。頼むのは全て日本酒のあてとなるものばかりでした。まずは「だし巻き」から始まって「げそ塩焼」と続き、ハモの時季は「はもの落とし」。締めの握りずしのネタも毎回同じで、トロ、白身、煮穴子、ウニ、コハダの5種。シャリをごく小さくするシャリ細(こま)でのオーダーだったようで、すし飯の量を通常の3分の1くらいにして提供していました。
「ご夫婦仲が良くて、いつも楽しそうにおしゃべりしておられました。お二人の時間を満喫されていたのでしょう」と午房さん。ご主人が車いす生活になってからも一緒に来店していたそうです。
「気取らず、気配り上手。とても素敵な方でした。ごひいきにしてくださったことを誇りに、これからも先生が愛した味を守っていきたい」と話す表情からは静かな熱意が感じられました。
伊丹市中央2-9-12
TEL:072-782-2344
営業時間:11:30~14:30(L.O.14:00)、17:00~21:30(L.O.21:00)
定休日:月曜(祝休日の場合は翌平日)
アクセス:JR・阪急「伊丹」駅から徒歩約5分
マップ:https://maps.app.goo.gl/zuFx5whLhfDGEg7bA